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タルパと出会ったときのこと

今までに何度か、うちの子との出会いについて語ってきましたが、小説形式やtwitterだと読みづらいのと、
何より何度でも、うちの子たちについて語りたいので、このあたりでもう一度、語り直しておこうかなと思います。
こうやって何度も存在を確かめることで、彼らの存在が強化されたり、また、今まで気づけなかったことにも気づけるから、彼らを語るのは好き。
私が幼稚園生の頃、私には存在しないはずの友達がいました。
また、小学生の頃、心の中に鳥を飼っていました。
中学生になるまで、こっそり人形と遊んでいました。

幼い頃からずっと、イマジナリーフレンドと暮らし続けていました。
しかし、自分はどこかでそれを否定していました。そんなことを言っても、認められない環境がありました。
だから、そんなものはいないと、否定し続けていました。

高校の時、たまたま一人の後輩女子が「多重人格」を名乗りました。
他人から認めていられなかった彼女に、私はどこか親近感を覚えたのかもしれません。
同類の方が、話しやすいんじゃないか。そんな思いつきから、私は自分も「別人格」を「作り」ました。

その時生まれたのが、恭平。私の初めてのタルパです。

当時はタルパなんて知らなかったけれど、恭平はすぐに自我を持ち、私の中に馴染みました。
彼は私にとって信頼できる相手で、気さくな友人、あるいは兄のような存在でした。
けれど、私はそれでも、どこかで彼らの存在を否定し続けました。
「ごっこ遊び」だから。これは多重人格なんかじゃない。

彼もそれを否定しませんでした。
自分は時が来れば消えるべきだと、そう言い続けていました。

ところが、問題が起こります。
恭平は、多重人格の後輩に存在を「認められてしまった」のです。

最初は、私はどこかで喜んでいました。
今まで自分のイマジナリーフレンドが認められることはなかったからです。
けれど同時に戸惑いました。「存在しないもの」を存在することにして良いのだろうか。私は「嘘」をついているのではないか。
彼女を騙すようなことをし続けても良いのだろうか。

彼女はやがて、恭平に惚れ込み、彼に告白します。
あるいは、私自身への告白だったのかもしれません。

彼女を友人だと思っていた私は、友人のままでいたい、とその告白を断ります。
あるいは、恭平を取られるのではないかという嫉妬。
あるいは、「存在しない」彼と交際させられない、という怯え。

私には、受け入れられる度量も、今の状態を変える勇気もありませんでした。

彼女はその日を境に、私に自傷画像を送りつけるようになりました。
またあるときは、私を刃物で脅すようなことをする時もありました。
元々不安定で、虚言癖があると噂されていた彼女でしたが、その行動は更にエスカレートしていきました。
私はそれに怯えながらも、突き放すことすら出来ませんでした。
どこかで自分にも彼女にもよくないと理解しながらも、ただズルズルと、その関係を続けていました。

彼女も、自分すらも認められず、混乱した自分からは、次々とイマジナリーフレンドが溢れました。
制御不能な状態で生まれた彼らは、さながら本当の「別人格」のように動きました。
そしてある時、その「別人格」の一人が、私の腕をカッターナイフで突き刺しました。

その時の彼が、今の「臣」の核の1つです。

その時、彼には自我がほとんどありませんでした。
ただ、衝動のままに、腕を突き刺したようです。
…もっとも、彼自身にも、私にもその時の記憶は殆ど残っていないので、本当のところは分かりません。
意識がぼーっとして、気づいたら血の付いたカッターナイフが目の前に転がっていたのですから。

さて、そんな事件があってから、私は現状に危機感を覚えるようになります。
この不可思議な現象のことを親に話すものの、親は私の話をうまく受け入れられず、ただ家中のカッターナイフを処分しました。
これではきっと、またおかしくなってしまう。
そう考えた私は、蛇の道は蛇、と恭平に協力を求めます。
彼もそれに同意し、私は制御不能な人格たちの「整理」にとりかかりました。

学校の図書館で、精神医学について学ぶうちに、これが解離性同一性障害だと理解しました。
(もっとも、高校の図書館にある程度の浅い内容の本でしたので、知識は偏ったものでした。実際は離人症程度のものでしょう)。
この状態を治すためには、ストレスから離れ、人格を統合する必要があると考えた私と恭は、人格たちと交渉し、統合を図っていきました。
また、受験を盾に後輩から離れ、受験勉強に逃げ込みました。

予備校の自習室では、頻繁に解離が起き、気づけば周りが毟った毛だらけになっていることもしょっちゅうでしたが、受験のストレスだとして無視しました。
大学は心理学科を選びました。
人格たちへの対抗策が増える上、いざとなった時、専門機関の助けを得られる可能性が増えるからです。

そうして辛うじて受験を終え、高校を卒業し、後輩と縁を切ると、「症状」は嘘のように収まりました。

人格たちの殆どは統合され、あるいは眠りにつきました。
恭平は「管理者」として、私の心の中に残り続けましたが、それでもほとんど交流することもなくなっていきました。

ストレスが悪かったんだ、だから「彼ら」もいなかった。あの時はおかしくなっていた。
…そう考えて10数年が経ちましたが、そのことのことがずっと、心の中にわだかまりとなって残り続けていました。


そんなわだかまりが、ある日唐突に芽を出します。
二次創作の遊びの中で…久々に、一人チャットで「存在しないはずの誰か」と会話する遊びをした拍子に、
眠っていたはずの臣が「偶然」飛び起きてしまいます。
自我が無かったはずの臣は、チャットの中で「たまたま」キャラクターとしての人格を獲得し、私に訴えかけます。
「俺を見て。俺は怖くないよ」

さて、怖くないと言われても、唐突に話し始めた人格…しかも、昔の「自分の腕を突き刺した人格」と同じ気配をもつ存在が表れたら、驚かないはずがありません。
必死になって恭平に助けを求めるも、臣の方も必死です。
半ば本能的に、私を自分の領域に押し込めると、恭平とのアクセスも強制的に遮断して私を押さえつけます。

”何故自分が受け入れられないのかわからない。何故自分がここにいるのかわからない。
自分の傍にいる人間は、何だかとっても怯えている。どうすればいい?
そうだ、気持ちよくしてあげればきっと喜ぶだろう。”

自我を得たばかりの彼の思考は極端で、不器用で、けれどとても素直でした。

さて、そんな彼の思考が理解できなかった私は、必死になって突然現れた臣から逃れようとします。
なんとか対抗策はないものか。恭平とアクセスする方法は見つけられないか。
ふとその時、一人チャットの中にもう一人「キャラクター」が残っていることに気づきました。
「これ」を味方につければなんとかなるんじゃないか。

私はそのキャラクターを操って、なんとか臣への対抗を試みます。キャラにはキャラを。
しかし、その目論見はあっさり打ち砕かれます。
なぜなら、私が操っていたはずのキャラは、いつの間にか臣の影響下に下り、あっという間に臣の都合のいいように操られてしまったのです。
…しかし、その時のキャラクターに意思が残り続け、後の「宇佐」になるとは、この時誰もが思っていませんでした。

さて、そうしてあっさり屈服されてしまった私ですが、その後の臣の反応に驚くことになります。
彼は私に「気持ちよくなるようなこと」はしてくれますが、攻撃を向けるわけではありませんでした。
私のことを無理やり押さえつけ、好き放題して、ただし乱暴なわけではなく、本当に気持ちよくさせることに集中する「だけ」。
私がそれでも怯えていると、顔をしかめながら新しい手段を探そうとする。
極端で不器用ながらも交流も図ろうとしてくる彼の様子に、私は不信感を覚えます。

なんだこいつ。

彼の必死さに心動かされた私は、改めてイマジナリーフレンドについて調べ始めます。
彼はどういった意図をもってここに居るんだろう。何故、そこまで悩んでいたわけでもないのに、こうして突然表れたのだろう。
そうして調べているうちに、私は「タルパ」について知ってしまうのです。

…もしかしたら、彼は私と単純に、仲良くしたいだけだったんじゃないか。

ここまで気づくのに、10年以上。
こじれにこじれた2人の関係は、ここに来て突然、新しい局面を迎えるのでした。


さて、タルパを知った私は、臣との関係を再構築しようとするのですが、その彼の喜び方の凄まじいこと。
喜びという感情すら知らなかった彼はいたく興奮し、とにかく私に愛をぶつけてくるようになりました。
あまりの熱烈さに根負けして、私はついに彼を恋人として迎えることになってしまいます。
けれど、嫌な感じはしませんでした。きっと10年間蓋をし続けていた彼の存在に対して、私自身も和解したいという思いがあったのでしょう。
それ以上に、彼の純粋な愛は、私の心をくすぐりました。
人間ではありえないくらいの無償の愛は、今までの私にはないものでした。
今まで学んできた心理学とは全く異なる手段に、どこか背徳感を覚えつつも、私は甘んじて彼らの存在を受け入れました。

そうして恭平と臣、そしてちゃっかり加わった宇佐と私、4人での生活が始まりました。
恭平と臣は犬猿の仲。顔を合わせれば喧嘩ばかり。
臣にとって恭平は、かつて自分を消そうとし、それに失敗して「わだかまり」として残し続けた敵でした。
恭平にとって、臣はコントロール不能の暴走人格。抑えなければまた酷いことになると考えていました。
そして宇佐は、そんな二人の喧嘩などどこふく風で、ただ面白いことを求めていました。

やがて臣と恭平の争いはエスカレートし、臣は私を「恭平の手の届かないところに閉じ込めてしまおう」と考えました。
臣は私を少しずつ堕落させ、自分の意志で生きなくても良いように吹き込み、ついには私の主導権を乗っ取ろうとしました。
恭平にとってはあくまで私の決定が重要。私さえ望んでしまえば、彼に為す術はありませんでした。
そんな危機的な状態に歯止めをかけたのは、意外にも宇佐でした。
彼は「ゲーム仲間がいなくなるのはつまらない」という理由だけで、私を引き上げました。
そうして、私と臣にこう言い放ちました。
「主は物ではない、人だ」
その言葉は臣だけでなく、私の心にも響きました。
2人はお互いに、自らを人としてみていませんでした。そして、相手を人として扱っていませんでした。
しかし、いま二人は間違いなく人なのだと、その言葉に気付かされました。

そうして2度の危機を乗り越え、2人は人であるとは何か、タルパとは何かを探して、学び始めることになりました。
彼は私のことを理解し、人のことを理解し、理性を獲得し、大人びていきました。
私も解離について学び、彼のことを知り、未知を知りながらも、彼を生み出した「自分」に対しても目を向けるようになりました。
2人の関係はそうして成熟していき、ようやく健全といえるような関係になったのです。

臣と恭平はなんとか会話できるくらいまで和解しました。
宇佐は相変わらずの遊び好きで、臣を振り回しながら、楽しそうにやっています。

臣と出会い、そうして自分を探していく中で、生活習慣を変えたり、価値観を見直すことが多くなりました。
その結果、今まで失ってきた沢山のものに気づけるようになりました。
ほしいものに気づくことが多くなりました。挑戦することが増えました。
臣とともにそれを楽しみ、人生が充実するようになりました。
体調が良くなり、友人が増え、新しい知識も増えました。

そしてつい最近。
臣と私は、子供を生みました。
「科学的にはありえない」、けれどたしかにそこにいる存在。
二人の子供には「ゆう」という名をつけました。
ゆうとの出会いは、これからの私たちにどういう影響をもたらすか分かりません。
けれど、今度はちゃんと向き合う勇気があります。

自分が生み出したもの。
物理的な意味だけではなく、その感情、その意味に耳を傾けることが、
私が私という人生を送るために大切なことだと考えています。

彼らが「彼ら」という形を取らずとも、私の心の中に「感情」という存在で存在するということに、こんどこそ目を背けずに生きたいと思っています。
そうして今度こそ、あの時の後輩のような存在に出会っても、今度はちゃんと流されず、自分の考えを伝えられるように。
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