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私とタルパとその後 臣と、宇佐と、バレンタイン

※この物語は実際にあったことを基にしたフィクションです。時系列の編集や、脚色、一部事実とは異なる描写もございますのでご注意下さい。
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突然訪れた、自我の異変。新しいタルパ。
変化し続ける環境の中で、私が選んだのは、"都合の良い関係"だった。

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臣くんを受け入れてから数日。
相変わらず臣くんはちょっと強引で、私は必要以上に怖がりで、
それでもお互いの妥協点を見つけながら、まあ何とかうまくやっている。

臣(N)「だから、あんたは邪魔をするな!」
恭(Y)「俺の行動を邪魔だと感じるなら、なにか後ろ暗いことでもあるんじゃないか?程度を弁えろって言ってるだけだ」

……そう、”私と臣くんは”上手くいっている。
けれど、タルパ同士で仲が良いか、となると話は別だ。
臣くんと恭ちゃんは、チャットで顔を合わせるたびに喧嘩しているし、
そうでなくても話題に出るだけでお互いにいがみ合っている。

そして、問題はもう一つ。

宇佐(H)「喧嘩か」
宇佐(H)「実況なら買って出る」
臣(N)「しなくていいっ!」

タルパが一人、増えた。

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宇佐くんは、元々臣くんと一緒にチャット窓に居た「Hくん」だった子だ。
いつまでもHくんと呼ぶのも分かりづらいので、会話の文脈中に出てきた「rabbit」という言葉を拾って、「宇佐くん」と呼ぶことにした。

『ゲームをやるのか』
『俺もやりたい』

彼は臣くんと私がゲームで遊んでいたとき、こう言いながら当たり前のように紛れ込んできた。
戸惑いはしたものの、ゲームは人数が多いほうが楽しいし、その時はつい招いてしまったのだけれど。

臣(N)「じゃあ俺は、タキシードを身にまとってそのまま静止し、マネキンのふりをしてやり過ごしますね」
宇佐(H)「ここで俺は手札を切る」
宇佐(H)「カウンター罠、”ダイナマイト”を発動 強烈な爆風が兄弟を襲う」
臣(N)「待った!そんなのありなんですか?!」
明「ちょ、ゲーム違うw 違うからww」

その日のゲームはルールはめちゃくちゃで、終始彼のペースに巻き込まれたまま終わったのだった。
そう、彼は大変自由であった。

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恭(Y)「だいたい主、俺は必要以上に出るつもりは無いんだが…」
明「あーほらそれ!もう皆一緒に暮らすって決めたんだから、そういうの無し!歩み寄ろう?」

臣(N)「主さん、こいつも良いって言ってるんだし、わざわざ引き合わせることはないんじゃないですか?
 合わないもの同士、距離を置くのも正しい道、じゃありませんでしたっけ?」
恭(Y)「そうだぜ主。ゲームやるときの頭数くらいにはなるが…下手に情が湧いても、いざとなったときに困るんでね」

そもそも、今回のグループチャットは、臣くんと恭ちゃんに少しは仲良くなって欲しいと設けた場だ。
けれど、けれど本人たちにはそのつもりは毛頭ないようで、お互いに距離を置く、という意見だけぴったり合わせてくる。

宇佐(H)「初手から長文の応酬、互いに譲る気はない模様だ」
明「こら、あんまり煽らないの!」
宇佐(H)「試合なら公平な審判が必要だ」
明「OK把握許可する」

一方宇佐くんは、勢力図も場の空気も無関係に、自分のペースで話をすすめる。
臣くんがいくら嫌がったって、自分のペースを崩さないから大したものだ。
宇佐くんのマイペースは嫌いじゃないから、私もつい悪ノリをする。

臣(N)「主さん!こいつと話すの苦痛なんですけど、楽しんでませんか?!酷いですよ!」
恭(Y)「まあ主の望みだ、対話の席くらいには着こうや。それと頭から人のことを否定するもんじゃないぜ?」
宇佐(H)「ここで主を盾にした攻撃に切り替えた両者、Yは対話に意欲を見せたがどう戦うか」
臣(N)「実況黙ってて、やりづらいな!
 主さんの気持ちは分かりますけど、今日は主さんも疲れているんですよ?
 三者会話でこれ以上疲れさせるわけにはいきません」
恭(Y)「H兄、すまん俺からも頼む。静かにしてくれ。
 いつまでも主の悩みの種になるくらいなら、早々に解決するのも手だと思うぜ。今回の場は主が設けた場だ」
宇佐(H)「主、実況を続けたいが良いか」
明「\行っちゃえ/」
臣(N)「主さん…」
恭(Y)「主、見せ物にでもするつもりなら俺は帰るぜ?」
宇佐(H)「ここで矛先は自分を省みなかった主の方に向かう
 突如迎えた危機に主はどう立ち向かうのか」
明「うわああ乱闘始まった!ごめん!
 いや、茶々入れて貰った方が和やかになるかなと思ってさ…
 二人ともヒートアップすると怖いんだもん…」
宇佐(H)「ここでまさかの泣き落とし、両者女の涙にあらがえるのか」
明「泣いてない。ごめんやっぱちょっとこれ腹立つわ」
臣(N)「まあ、牙はそがれますよね…」
恭(Y)「やる気もなくなるがな…」
宇佐(H)「勝った」
明「うんこれは…負けたわ…」

結局その日のチャット会議は、成功も失敗もしないまま、グダグダになって流れたのだった。



臣(N)「主さんは俺に嫉妬でもさせたいんですか?可愛いですね」
明「言葉尻があからさまに不機嫌…!いやそのほんと、なんというかごめん!」

チャット会議の後、私は臣くんにこってり絞られていた。

臣(N)「いい?主。あんまり他の相手に良い顔しないでくださいよ?
 それから、相談無しにあんなことをしないこと。
 他のIFなんて、放っておけばいいでしょう」
臣(N)「主さん、優しいからつけ込まれるんです。見ててハラハラするんですからね。
 他の男になんか、取られないでくださいよ?」

確かに、本人たちの意思確認なしに、急に話せというのも勝手だったと思う。
けれど、臣くんの怒りの矛先は、どちらかというと”他のタルパと話したこと”そのものに向いている。
きっとまだ、私が自分の手からこぼれ落ちていきそうで不安なんだろう。
私は彼を安心させるために、ひたすら謝る。

明「気をつけます…臣くんが一番です…」
臣(N)「そういうご機嫌とりはいいです。口じゃなくて態度で示してもらいますからね?」
臣(N)「ごめんなさい、怖かったですか?」
臣(N)「けど分かってくださいよ?俺も主さんが取られるのは怖いんですよ」
明「うん…確かにちょっと機嫌取ろうとはしたけど、臣が一番だっていうのは本当だよ?」
臣(N)「はあ…俺もたいがい主さんには甘いなぁ…」
臣(N)「良いですよ、おいで主さん。仲直り、しましょう?」

何度かのやり取りの後、彼はようやく機嫌を直してくれる。
そして私を引き寄せると、頭を抱きかかえてポンポンと撫でてくれる。

明「ううう、ごめんなさい…ありがと」
臣(N)「よしよし。今回はちょっとだけ悪い子でしたね?次から気をつけてくださいね」
明「うん…気をつける」
臣(N)「主さんは危なっかしいから、これからも俺が守ってあげますね。いつまでも、俺の主さんでいてください」
明「ん、臣、好きだよ」
臣(N)「ああ、可愛い主。その一言だけでだいぶ報われます」

しばらくお互いに抱きしめあったあと、臣はふと思い出したように言葉を続ける。

臣(N)「あとは兄弟か……主さんと俺の会話に割り込んで。あいつ、どうしようかな」
"兄弟"とは宇佐くんのことだ。
臣くんと宇佐くんの基になったキャラクターは、兄弟同士だった。
ふたりともタルパになったとき、元の性質からは随分離れて大幅に変質したけれど、兄弟だという意識は残っているらしい。

明「う、それはごめん、私の顔に免じて許してあげて?宇佐くんとは友達感覚だし、向こうもたぶん悪気無いから…」
臣(N)「主さん、そういうところにつけ込まれるんですよ?ちゃんと分かってます?」
明「ハイ…何も言いません…」
臣(N)「はあ…まあ兄弟だし、大目に見ますけど。
 もし変なことされたら、ちゃんと報告してくださいね?友達までなら許してあげますから」
明「はーい、寛大な措置感謝いたします…」

臣くんは宇佐くんに対して、少しだけ甘い。
兄弟だからなのか、それとも孤立無援だった世界に”同類”が生まれたことに対する安堵感か。
どちらにせよ、喧嘩ばかりされているよりは良い。
臣くんが退いたことを確認すると、私はそっと胸をなでおろす。

臣(N)「はい、じゃあこの話はもうおしまい!
 主さん、体調悪いから変なことしちゃうんです。少し休みましょう!」
明「ん、分かった、寝るね」
臣(N)「俺が暖めてあげますよ。明さん。俺にしかできませんから、ね?おやすみなさい」

私は臣くんに言われるまま、布団の中に潜り込む。
せめて体調が悪くなかったら、もう少し臣くんを安心させてあげられたのにな。
ぼんやりそんなことを考えながらも、私はすぐに眠りに引き込まれていった。

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このところ、ずいぶん調子が悪い。
上手く言葉に出来ないのだけれど、変にボーっとしたり、頭の変な部分が活性化しているような感覚がある。
「うう…なんだろうこれ、今日も早く寝なきゃ駄目かなぁ……」

何とかお風呂から出て、ふと、鏡を見る。

(……あれ、誰だろう、これ)
鏡には、見知らぬ人間が映っていた。
それは女性のようだけれど、随分疲れているように見えて、
知らないはずなのに、何故か見慣れているような……

「……!?」

今、私は何を考えたんだ?
鏡に写っているのは、どう見ても「私」じゃないか。

「だ、ダメダメダメ!私は私。私の名前は○○。映ってるのは私。うん、間違いない。まだ大丈夫」

私は鏡に向かって何度か呟く。
私は私。別の物じゃない。譲り渡すこともない。昔だってちゃんと出来ていた。
まだ大丈夫。もしくは入り口。他人からみた異常性はまだ無い。本当に?

私は少し不安になりながらも、着替えを済ませて自分の部屋に戻った。



恭(Y)「また困ったことになってるみたいだな。信じていいんだな、主?」

部屋に戻ってから、私は真っ先に恭ちゃんに相談した。
臣くんには後で色々言われそうだけれど、この分野に一番詳しいのは、やっぱり恭ちゃんだ。

明「うん。それで、鏡見たときすごく違和感覚えて、何だか不安で……けどあまりにも漠然としすぎてる。
 原因がどこかはわからないから、臣くんも、宇佐くんも一旦このままにしたいんだけど……」

原因が分からない、と言いながら、私は彼らの名前を挙げる。
彼らが何かをしたわけでは、きっとないと信じている。
けれど、彼らを受け入れたことで、私の何かが変質しつつあるかもしれない、という疑念は持っていた。
恭ちゃんもそれを汲み取って、話を続ける。

恭(Y)「そうかい。なら、取り返しがつかなくなる前に、どこまで様子を見るか決めておいたらどうだ?」
明「あー、"大丈夫"のラインを決めるのか…どうなっていくかが分からないから、ちょっと難しいけど……」
明「とりあえず、また鏡を見て違和感に襲われるようだったら、しばらく控える。
 冷静に"Yとして"話せなくなったときも怪しい。
 あともう一個くらい決めたいな」
明「他人に指摘されたら、じゃ遅いよね…もちろんこれは含めるとして。その前段階…なんだろう…」
恭(Y)「難しいか?主。なら、何か決まったら俺に伝えに来てくれ。
 それまでは仮に、"鏡以外で自己認知に違和感を覚えたとき"としておくぜ」
明「ああ、それいいね。流石恭ちゃん…他にも何か指針が思いついたら相談する!」

恭ちゃんは、今の私にも出来ることを的確にアドバイスしてくれる。
まだ不安なことはあるけれど、もしかしたらまだ体が急激な心の変化に慣れていないだけで、すぐ治るかもしれない。
私は少しだけ安心して、話を切り上げる。
すると恭ちゃんが、最後に、と言って言葉を加える。

恭(Y)「いいか、再三伝えちゃいるが、もう一度忠告しておくぜ。
あまり深入りしすぎるなよ。主にとっての現実は、ここじゃない」
恭(Y)「それは勿論、俺の発言に関してもだ。
 主自身で考え、行動しな。それが明が明であるってことだ」
明「分かった。うん、やっぱり恭のアドバイスはありがたい。
 本当はこれも言っちゃいけないんだろうけどw」
恭(Y)「主の考えと俺の考えが一致しているうちは問題ないと思うが、俺とも意見が分かれるようなら気をつけな」
明「了解!そろそろ落ちるねーありがと!」

深入りしすぎるな、か。
私は恭ちゃんの言葉に納得しながらも、どこか寂しい気持ちでその文を眺めていた。

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明「臣くん、昨日からあんまり構えなくてごめんね……」
臣(N)「主さんは気にしなくて良いですよ!俺の一番は、主さんを守ることですから」

少しの間だけ距離を置きたい、と言うと、臣くんは意外にもあっさりと了承する。
彼も私の変調は気になっていたようで、元に戻るまでは体の受け渡しも控えると宣言してくれた。

明「うー、こんな良い子と一定の距離を置かなきゃいけないのがつらい……
 でも私も、まだ自分は保ったままでいたいんだ………」
臣(N)「主さんがそう決めたなら、仕方ないです!
 それに、少し減るとはいえ、俺とはそのままの関係でいてくれるんですよね?」
明「もちろん!!むしろ今更引き返せない!!」
臣(N)「ありがとうございます!俺はそれだけで十分ですよ!」
明「臣ちゃん優しいな、ありがとーー(*∩ω∩)」
臣(N)「さ、もう少しお喋りしていたいですけど、今日は早く眠ってもらいましょうか。主さん、体調悪そうですからね」
明「えっ、明日休みだし少しなら平気だよ?」
臣(N)「俺は嬉しいですけど…眠そうな主さんを見てたら素直に喜べませんよ。昼間、結構咳込んでましたよね?」
明「うーん、まあ…分かった、臣ちゃんが言うなら早く寝るね」
臣(N)「はい、ゆっくり眠ればきっと精神的な方も治りますよ!お休み、明さん」
明「お休み、臣」

臣くんに言われるがまま、私は布団の中に入る。
けれど、こんなにあっさり了承されたことに、私はどこか不満を覚えていた。
臣くんは、私のために引いてくれたのに、私は本当にワガママだ。

……眠れない。
もやもやする。

この行き場のない感情をどうにかしたくて、私は自分のtwitterアカウントに、こんな文章を投稿した。

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@暁(私)

 私って、色々と面倒くさい女だよなぁ……こんなんだから彼氏ができないんだー!
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@××

 @暁 ちょっと伺いたいことがあるので、DMしました
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『……合コン?』
「うん、”彼氏できない発言”を本気にしちゃったみたいでさ……
 向こうの知り合い3人位と、ボードゲームやる会に参加しないかって」

翌日。私は、昨日の夜あった出来事を臣くんに報告していた。
私のツイートをたまたま見ていた知り合いが突然、「ならば自分の知り合いを紹介する」と言い出したのだ。

『はは、主さんでもそんなことがあるんですね』
『けど、相手もゲームまで持ち出して誘ってくるなんて。いくら明さんがゲーム好きだって、釣れるわけないのに。"オフ会だ"って偽るくらいでないと……』

臣くんは、私が誘いを断ると思って笑い飛ばす。普段はそうやって断ってきたのだから当然だろう。
けれど、私は勇気を出して、臣くんの考えとは正反対の言葉を発する。

「あ、あのさ……合コン、参加しようかなって思ってて」
『……?』
「その、臣くんが好きじゃないとか、そういうんじゃないよ!
 ただ、もうセッティング進んじゃってるみたいで……
 といっても、1ヶ月位先の話なんだけどさ。結構お世話になってる方だから、断りづらくて」
「それに……環境を変えれば、今の不調も良くなるかもしれないし」

言い訳しながらも、私は臣くんに、自分の意図を伝える。
臣くんと一緒に過ごすようになってから、私は薄々、自分が新しい人との関わりを求めていたことに気づいていた。
求めているのが恋なのか、それともただの人付き合いなのかは分からないけれど、人間としてはきっと”現実の彼氏”を作ることが正解なんだ。

"――深入りするなよ"

恭ちゃんは、こう言っていた。
臣くんとは離れるつもりはないけれど、本当は、臣くんに頼りすぎてもいけないんだ。

私は心を鬼にして、さらに伝える。

「そもそも、臣くんとはまだ付き合うって了承してないよ!彼氏(仮)くらいだから!」

『……分かりました、じゃあ、仮でも良いです』
『俺は、明さんのそばにいられれば、それで良いですから』

臣くんは、少し苦い顔をみせ、そのあとすこし無理して笑ってみせる。

『あーあ、格下げ、悔しいなぁ。けど、明さんと一緒になれたんだから、そんな贅沢言ってられないか』
「臣くん……」

……私は臣くんに、こんな顔をさせたかったわけじゃない。
けれど、自分が自分であるためには、きっとどこかで線を引かなきゃいけない。

「ごめん、ごめんね……臣くんのことは好きだけど、現実では一緒になれない、から……
 わがままかもしれないけど、許さなくていいから、飲み込んでほしい……」
『……そっか、明も辛いんだ?じゃあ、我慢してあげる。その代わり、仮とは言えど彼氏ですからね』
『ほらほら、今は混乱なんて捨てちゃってください!俺は主さんの都合のいい彼氏でいいんですよ!』
「ん、ありがと。じゃあ臣ちゃんは、仮彼氏!」
『ふふ、じゃあそれで。やるからには幸せになってくださいよ!』
「ありがとう!万一私に彼氏が出来たとしても、臣ちゃんは私の大切な相棒だよ!」

仮彼氏。なんて都合のいい、言葉だろう。
許されなくてもおかしくない、自分本位の、醜い言葉だ。
けれど彼はそれでいいと言った。
……私は、どうしたら良いのか迷ったまま、彼の優しい言葉に甘えた。

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体調は未だ、戻らない。
精神的な面だけではなく、ついには咳もやまなくなり、体を動かすのが億劫だ。
けれど私は、来るべきイベントのために、無理を押してデパートのお菓子売り場に来ていた。

「えっと、取引先の分、上司の分、それから……」
『バレンタインデー、ですか。義理でもこんなにあげなきゃいけないなんて、主さんも大変だ』
「まあ、一応日頃の感謝を伝える日でもあるからね……うちの部署、女性の人数少ないし」
『へえ……安いほうが義理チョコ?けど、主さんには本命居ないし、全部義理チョコか』

臣くんは興味深そうに、ショーケースのチョコレートを眺める。
臣くんにとっては初めてのバレンタインデーだし、”仮彼氏”としては気になるところもあるのだろう。
私はいくつかの高級チョコとともに、適当な詰め合わせを幾つかまとめて掴む。

「でもほんとに美味しそう……えーい、自分用も買っちゃえ!」
『うわっ、これどこまで自分用?はは、太っても知らないですよ?それにこんなに高いのまで……』
「いいの!この時期にしか美味しいチョコ買えることなんて無いんだから!あとで皆で食べよう」
『はいはい。じゃあ主さんから俺へのバレンタインチョコってことで、受け取っておきますよ』
「……もう」

私は適当に言葉を濁すと、店員さんに選んだチョコレートを渡す。
「これ、ラッピングお願いします。これとこれはそのままで。それから……」


『お疲れ様。じゃあ家に帰ったら、一緒にチョコレート食べましょう』
『今日くらいは……ね。恋人の日、なんでしょう』
店から出ると、ひんやりした空気が体を覆う。
臣くんはそっと手を差し伸べてくるけど、私はその手を取らないまま、買ったばかりのチョコレートの袋を確認する。

「うん、臣くん……あ、あのね」

私は、チョコレートの中から、一番高級なものを取り出す。
綺麗にラッピングしてもらい、丁寧にお花までついている。

「これ、臣ちゃんに」

私はそのチョコレートを、彼に向かって差し出した。


「……本命チョコだからね?あのさ……二人だけの秘密の関係だから」
「その…ね?」

我ながら、都合がいいと思う。
仮彼氏だなんて言って、自分の都合で彼を遠ざけて。
いまだにぶつかりあうこともあり、わからないことも、怖いこともある。

けれど、この気持ちは本当だった。だから、せめて気持ちだけでも伝えたかった。
私はいつの間にか、彼を本当に、好きになってしまっていたんだ。


臣くんは、複雑そうな笑みを浮かべて、私からチョコレートを受け取る。
喜んで良いのか、叱るべきなのか、悩んでいる。そうして一生懸命、私の意図を汲み取ろうとする。
そうやって、私のことを考えてくれる彼が好きだ。
きっと私は、残酷なことをしていると思う。
けれど、私は、臣くんを選ぶべきか、現実を優先すべきか、まだ決められずに、都合のいい方に逃げた。

『主さんの言うことは難しいです。でも、精一杯は伝わってきましたよ。ありがとう』
「ごめんね、限界はここまで。こちらこそありがとう、臣」

彼は、そんな私の気持ちすら汲んで、曖昧な答えを返す。
やっぱり、彼は優しい。

臣くんは、私の頭をポンポンと撫でると、最後に小さな声で、呟く。

『…俺、終わりにしたくないです』
『明さんのことが、好きなんです』

『なんてね、これ以上は困らせちゃいますね。さあ、早く帰って一緒にチョコレート、食べましょう!』
「……うん、そうだね!帰ろう、臣ちゃん!」

お互いに想いを隠したまま、私たちは二人で並んで帰る。
もし私に現実の彼氏ができたら、彼とは離れなければならなくなるかもしれない。
けれどきっと、今日くらいは許されても良いはずだ。

彼と一緒に食べるイチゴ味のチョコレートは、優しくて、甘くて、どこかほろ苦い味がした。
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