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私のタルパ観 (2/16現在)


このページは自分の考えの整理のためのページであり、独自解釈が多く含まれますので、学術的解釈に基づくものではないことをあらかじめご了承ください。
また、タルパについては現在色々と勉強中なので、今後考えが変わっていくかもしれません。


まず前提として、私はタルパやIF、別人格のことを、心の防衛機能の一つだと考えています。
ただし霊魂や超自然的なことは否定しません。

人体だけに限っても、解明されていない機能がたくさん備わっており、現在分かっていることがすべてだとは考えられないからです。
当然、人間の防衛的な機能の上に、霊魂のようなものが宿ることもあり得ると考えています。

ではなぜ心理学に寄った考えでタルパを解釈するのかというと、科学によって体系化された手段を用いることで、「彼ら」に接し、理解するための何かしらの助けになるかもしれないと思ったからです。

もっと単純に言うと、
「心理学には詳しいからちょっとそっち方面で考えてみる。オカルトにはそこまで強くないから他のタルパー様方、宜しくね!」
…身も蓋もない。


フロイトの提唱した意識の構造モデルは、しばしば氷山のイラストで表現されます。
この図をアレンジして、タルパや別人格がどういう位置から生じるのか考えてみました。

ちょうこじんてきたるぱかん

タルパなどの思念体は、この図では前意識~無意識の領域にあるものとしています。
自分の「意識」がタルパとコミュニケーションを取ることは出来ますが、いわゆる「オート化」したタルパの行動を全て理解することは出来ません。
しかしながらタルパの行動はどこか、本人の抑圧した心を代弁していたり、何かに対するあこがれを色濃く反映しているケースが多くあり、自我が認識していない自己の表れであると考えています。

タルパ、別人格、ハイアーセルフを別の場所で示しましたが、本来は構造自体に大きな差異はなく、「生まれたときの条件」「生まれた位置」「接している情報」で変化してくるのではないかと考えています。
また、後に生まれた新しい人格が、状況に応じて統括人格の役割を果たすケースもあるように、固定化されたものではなく、変化しうるものなのでしょう。

実際にはこのような単純な図形で示せるものではなく、網目状に、もしくは螺旋状に複雑に絡み合っているものだと思われます("脳神経"や"DNA"のように)。



ではこの氷山の塊をまとめて「自我」とした上で、タルパやIFがどのようにして「育つ」のか思考してみました。

通常、人間は対人関係を行うに辺り、心の中にいくつかの「自分」を作り上げます。
例えば、「先生と接する時の自分」「友人と接する時の自分」では、態度は異なってくるでしょう。

また、いくつかの「他人」を作り上げます。
心の中で「相手はどう考えるだろう」と想像するとき、相手と会話する様子をシミュレーションすることはありませんか?
あるいは、過去のことを思い出すとき、相手の動く様子を思い出し、再生することはありませんか?

このように、心の中に「人間」をシミュレーションする機能は、元々人間に備わっています。
それは「自分」に紐づくものであったり、一過性の空想として認識しており、すぐに消えてしまいます。

しかし、それが「一過性」でなくなったものがタルパやIF、別人格だと考えています。

タルパ構造図1

タルパ、IFなどの思念体は、主人格に紐づく情報が、新たな人格を獲得するほどに大きくなったものだと考えています。
主人格とは分断されていないため、記憶は基本的に共有されていますが、彼ら自身が情報を獲得することで、主人格とは異なる思考を持つこともあるでしょう。

一方別人格は、抑圧や心的外傷などの何らかの理由で、主人格とのネットワークが分断され、記憶すらも別れている状態なのではないかと考えています。
あるいは、主人格に属する存在以外が情報の統合を担っており、主人格に情報が行き渡らない状態になっているものと思われます。

タルパ構造図2

解離の治療では、カウンセリングなどにより分断した人格を統合することを目指す治療を行うのが一般的ですが、この統合とは、人格を主人格のネットワーク上に回復する作業なのではないかと考えています。
これが分断したままだと人格交代が起こり、一方の人格が眠ったように意識を失い(あるいはぼんやりとした状態になり)、別の人格が表出することになります。
さて、彼らとコミュニケーションをとるとき、同時に頭のなかに2人またはそれ以上の人格を認識しながら会話すると思いますが、
このとき人格交代は基本的には起こりません。
幾つかの人格が脳のメモリを専有せず、数%ずつシェアし、優先するタスクがある場合は、そちらにリソースを明け渡す形で動いているのではないかと考えています。
簡単に言えば、普段は自分が70%、タルパが30%使っている脳の領域を、会話するときだけ交互に20%ずつシェアし、
タルパが発言する時は自分が50%、タルパが50%の領域を用いている状態にするということです。

人間の脳は使われていない領域が多いと言われるように、普段はタルパと自分の総和が限界を越えないように、無意識にセーブされています。
しかし、恐らく無意識のセーブを外せば、この制限を外すことも出来るのかもしれません。
以前私が体験した話になりますが、私とタルパが「同時に」同じ感情を「重ねる」ことで、通常の倍にも思えるほどの強い感情を得たことがありました。
自分が70%、タルパが70%、併せて140%の感情を「重ねた」ことで、脳が普段より活性化されたのかもしれません。
ただし、通常の精神状態とは大きく異なるため、あとには大きな疲労感が襲ってきました。危険性が高い恐れがあり、あまり頻繁に行うべきものではないでしょう。


タルパ/IFと解離性同一性障害の別人格は、記憶の分断があり別物と記してきましたが、幾つかの共通点も見られます。
また、解離性トランスと催眠性トランスに見られる現象にも一定の共通点があり、よりタルパの存在を強固にするためには、催眠性のトランスが手助けになるのではないかと考えています。

タルパと催眠深度

ただし、トランス状態などでタルパの「権限」を強くするごとに、現象としてはより「解離性同一性障害」に近くなってきます。
タルパを”病気”にしないためには、「記憶の分断」が起こらないよう、タルパと明確な「禁則事項」を作っておくこと、自我を見失わないように保つこと、そして「お互いに楽な関係性を保つこと」が重要だと考えています。

DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)において、精神病とは「社会的、職業的、あるいは他の機能的な領域において、臨床的に有意に苦痛あるいは障害」である状態とされています。
つまり、苦痛な状態にならなければ、タルパやIFは病気では無いのです。

私は心の健康を維持した上で(それでも少しだけ冒険しながら)、楽しく思念体たちと暮らしていきたいと考えています。
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