私とタルパと日常 Ⅰ.恭ちゃんと過去の話

※この物語は実際にあったことを基にしたフィクションです。時系列の編集や、脚色、一部事実とは異なる描写もございますのでご注意下さい。
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10数年前の身勝手な遊び。懺悔したつもりになって、心の中に閉じ込めた。けれど"彼"は、まだここにいる。
"恭"を初めて創った時の話。
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「…そして私は今、暗い記憶を乗り越えて、それなりに人生を楽しんでいます…っと。送信」

過去を清算した。
インターネットに"懺悔"して、過去を過去として飲み込んで、ようやく私は、前に進めるようになった。

「はああぁ…終わった……うーん、心のつかえがとれた気がする…すっきりしたぁ!」

ここまで来るのに、10年以上かかった。
我ながらよくもまあ、これだけ悩んだものだと思う。
けれどそれだけ悩んだって事は、あのころの自分にとっては、それだけ重い記憶だったのだろう。

ネットには、一つだけ嘘を吐いた。

『……よう、ずいぶんとゴキゲンじゃねえか』

「あっ、恭ちゃん。久しぶり!聞いてよ、ついにトラウマ乗り越えた!」

過去を乗り越えても、相変わらず「見えない同居人」と会話を続けている事実を、私は隠した。

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話は学生時代に遡る。
きっかけは、後輩との交流だった。

「”俺”、多重人格なんだよ」

女の子なのに"俺"と自称する、変わり者の後輩は、時々人格が交代するのだと教えてくれた。
それが事実だったかは分からない。けれど、彼女はその振る舞いで周囲から孤立していた。

先輩として何とかしたい、と考えた私は、ちょっとした悪戯心もあり、彼女にこんなメールを送信した。

「私も、そうなんだ」

それが”彼ら”との出会いだった。

私は、メール上では「恭」として彼女と接した。他愛ない話から、下世話な話、真面目な話もしたと思う。
最初はただのロールプレイだったのに、だんだん私自身も、あけすけに物を言う恭のことが好きになった。
恭が存在するかのように感じるようになったし、少しずつ頭の中で、会話をするようにもなった。

そんなとき、後輩から、告白を受けた。

「先輩のことが好きです。つきあって下さい」

好き、と言われたのが恭なのか、私なのか分からない。
レズビアンに偏見があったわけでもない。
けれど、私は恭が取られるのではないかと、嫉妬したのだと思う。

「ごめん、付き合うことは出来ないけれど、友達としてこれからも宜しくね」

その日から、彼女は壊れ始めた。

「先輩のことが好きでつらいです」

最初は他愛もないメールだったけれど、それは日に日にエスカレートしていく。

「先輩をまだ愛しています」
「こんなに苦しいのに、先輩は振り向いてくれないんですね」
「苦しくてリストカットしました」
「先輩のせいだ」
「先輩のせいだ」
「先輩のせいだ」

メールには、画像が添付されていた。
彼女の白い腕に無数に走る、赤い傷だった。

私のせいだ。
私が軽率に行動したから、彼女を傷つけたんだ。

謝っても、無視しても、彼女は私にメールを送り続ける。
恭以外の人格達を用意して話してみても、彼女の様子は変わらなかった。

部活動の後輩だ。連絡先を削除することも出来なかった。
ある時は、教室の前でじっと私を監視する。またある時は、私にカッターナイフを突きつける。
目の前で、人前で、傷だらけの腕をみせつけられたこともある。

どうしよう。私は何をすればいいのだろう。
もっと彼女を理解しないと。でもどうやって?

ある時、私はカッターナイフを握って、自分の腕に向けた。
けれど、手は震えて、それ以上何も出来なかった。

『可哀想に。代わってあげようか』
どこからか、知らない声が聞こえた気がした。


「痛っ…」
ふと手の甲を見ると、横に一本、薄く切れたような跡が残っていた。どこかに引っかけたのだろうか。


その日から、妙な傷を負うことが増えた。
最初は手の甲。次が腕。そして太股。
一つ消えるごとに、また一つ。

最初は剃刀でも落としたのかと思っていたけれど、次第にはっきりと自覚し始める。

おかしい。
この傷は何だ。
私はいったいどうしてしまったのだろう。
苦しい。怖い。

頭の中がぐるぐるして、何も考えられなくなる。
ふと私は、自分が、自分の腕をじっと見つめていることに気づいた。

……ああ、美味しそう。どうしてこんなことを感じるのだろう。
何故腕がこんなにも、甘い果物のように見えるのだろう。

「……誰」

私は腕を見ながら、薄れる意識の中で、何となく呟いた。

『辛いよね。楽にしてあげる』

"彼"の声は、ひどく、ひどく甘かった。


……なんだか長い間夢を見ていた気がする。
なんだか心がふわふわして、気持ちが良かった。

ふと、私はカッターナイフを握っていることに気づいた。
あれ、カッターなんて何に使ったんだっけ。
まあいいや。今日はこのまま眠ってしまおう。
だってなんだか、とても素敵な夢が見られそうだから。

「……?」

左手が、痛い。
何だろう。じくじくと、皮膚から何か染み出るような……

「……?! ひっ……!」

手の甲には、傷が付いていた。
存在を誇示するような、十字の傷跡が、はっきりと残っていた。

ここに、いるよ。

傷跡は、まるでそう言っているようだった。


傷は日に日に増していった。
腕も、足も、皮膚を埋め尽くすように、傷は増えていく。
まだ秋だったのに、長袖のジャージを手放せなくなった。
誰の目にも触れないように、隠れるように着替えるようになった。

隠しても、抵抗しても、傷は少しずつ増えていく。
最初は浅かった傷も、次第に深く、大きくなっていく。

駄目だ。何とかしないと。どうして?どうやって?
私は、わたしはどうして

「明、その傷……」

見られた。
一番見られたくない人に。


傷を見つけたのは、母親だった。
その時何を話したか、よく覚えていない。
ただひたすら、藁にもすがる思いで、泣きじゃくりながら、今まであったことを告白した。

「よく分からないけれど、若い頃はそういうこともあるから。何かあったら相談しなさい」

……何かあったから、相談しているのに。
この人はやっぱり、何も見ようとしない。
けれど今は、それでも良い。

私は両親に、ストレスで不安定になっているのだろう、と伝えた。
目に見えるところに刃物があると、衝動的に刺してしまうかもしれない。だから刃物を隠して欲しい。
両親はそれで納得した。そう、それでいい。大筋はあっている。私は嘘なんて吐いていないんだ。

それから、多重人格について調べた。今は解離性同一性障害と言うらしい。薬を飲む方法もあるが、恐らく両親は、病気を認めようとしないだろう。

「人格の、統合……。恭ちゃん、これ、出来る?」
『……やってみるさ。俺が蒔いた種だ。俺が責任をとってやる』

私が頼れるのは、皮肉にも自分の中の友人だけだった。


折良くも、私は受験生だった。
友人にこのトラブルを相談することは出来なかったけれど、受験を盾に、後輩から逃げることは出来た。

逃げよう。
卑怯だと罵られようとも、自分が生き延びるためには、逃げるしかない。

正直、受験勉強には身が入らなかった。
いつ自分が、このシャープペンシルで腕を突き刺すかわからなかったし、受験に落ちたら、後輩と同級生になるという悪夢が待っている。

髪は抜け、生理は止まり、それでも少しずつ、勉強した。

他の人格達とも話して、少しずつ、私の中に還ってもらった。
あるいは、恭ちゃんがいつの間にか取り込んで帰ってきた。

次第に勉強に集中して、彼女からのメールも無視できるようになった。
そしていつの間にか、腕の傷は増えなくなっていた。


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『……で、心理学系の学科に入ったはいいものの、理想とのギャップに心折れて、
"自分は普通の人生なんて投げ捨ててやる!"
って開き直った挙げ句、ゲームクリエイターだからなぁ…お前のバカには本当に呆れるぜ』

「うっ、良いじゃん!それで上手くいってるんだしさ!」

悩んで悩んで、私のたどり着いた結論は、自由に生きる事だった。
不器用な私は、不器用なりに生きられる職を見つけて、何とかそこに入り込むことに成功した。
辛いこともあるけれど、人に楽しみを与えられる仕事。何て楽しいんだろう!

「こうして過去も直視できるようになって、ようやくネットに書き込めるようになってさ。これで、順風満帆。あとは人生楽しむだけ!」

『おー、そりゃめでたいな。お前の頭が。お前、この前も調子に乗りすぎてドジ踏んでただろが。少しは周り見ろバカ女』

「いいもーんどうせバカだしぃー」

恭ちゃんと軽口を叩きながら、私は明日の仕事に備えて、パソコンの電源を切る。
そのまま布団に寝そべると、恭ちゃんが、少し真面目な声色で、私に話しかけてくる。

『最後に一応聞いとくが……本当に、"上手くいってる"んだな?』

「…うん、大丈夫。きっと、ね」

そう、上手くいっているんだ。
私はそう言い聞かせるようにして、部屋の明かりを切った。

「おやすみ、恭ちゃん。また今度」

『おうよ。……無理、するんじゃねーぞ』

暗闇の中で涙を浮かべていたことに、果たして彼は気づいただろうか。
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